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2008年7月の記事

2008年7月28日 (月)

悔しいデス!!!

 仕事で日中はあちこちに移動していますが、移動の手段はほぼrvcar

最近は法律も色々改正があって、後部座席もシートベルト着用が義務化されたり、

高齢の方のマーク表示diamondも義務化されるとか・・・

(因みに、私は最近までこのマークの名前を枯葉マークだと信じてました)

取り締まりも厳しくて、よくシートベルトや携帯電話のdanger検問をしている現場を見かけ

あれってほとんど毎回決まった場所で行われてるようですが、よーくみると何mか手前で警察官(帽子だけ脱いでいる場合が多い)が隠れて見ていたりするんですよ。何だかこそこそしている警察官て格好悪くないです

毎日のように通る場所では、その場所に警察官が立っているかどうかで、検問の有無を判断するんですが(基本的に交通ルールは守っていますよ)、検問だけでなく、道をパトロールしているパトカーや白バイに取り締まられる事もあり

季節は夏、街を行く女性も薄着になり、私も男ですから、時々つい目で追いかけたりしてしまうん(すいません、男心です)ですが、ある風の強い日に、うっかり一時停止位置場所を徐行か停止したかの中途半端で通過してしまいまし

たまたま私の後ろにパトカーがいて、当然拡声器で

「前の車止まって。」

と、命じられましcoldsweats02

普通なら、「すいません」と素直に違反切符を受け入れるのですが、少年時代のなごりか、警察官には無駄に反発してしまう悪い癖・・・・

私「いや、ちゃんと止まりましたよ。」

警察「いや、停止してませんよ。」

私「いや、止まりましたって。」

警察「いえ、後ろからはっきり見ていますから。」

私「止まりました。」

意地でも認めない私に根気負けしたのか、止まったかどうかの微妙な線だったので結局、

「今回は注意で終わりますが、交通事故の多くはちょっとした脇見などの油断で起こります。運転する時は自覚をして安全運転でお願いします。」

さすがに、交通の警察官らしく、まっとうな言葉を残してパトカーに戻っていきまし

今度は私の前をパトカーが走っていきま

一本道なのでその状態が暫く続き、さすがに多少緊張して

「安全運転、安全運転」

と念じていましたが、人間不思議なもので、「安全運転しよう」と考えると、運転がとてもぎこちなくなりません

「自然体、自然体」

と考えて、またぎこちなくなってしまったり・・・

一本道だし、車道と歩道も分離され、変な話paper手放しで運転していても危険などなさそうな(危険です!)通りでした

警察官の言葉を思い起こし、あくまで前方に細心の注意をしていまし

暫く走って慣れているはずの運転にも慣れた(変な話ですが)、

 その時!!

一層強くなってきた風に、前方の歩道を歩く女性のスカートが捲れたのが見えました!(あくまで前のパトカーを意識した結果ですcoldsweats01)しかし!私の両の目が捉えたのはそんなモノではありませ

 

shine 

    shine

  

       flair

          carflairピカッ!!っと

前を走るパトカーのブレーキランプが一瞬点燈したんです!

前方に特に障害物や危険も無く、どーーーーーーーーーーーーーーーー考えても、

みた、みたやろ!!

と関西弁でツッコミを入れたくなるほど、スカートがまくれたタイミングでのブレーキ・・・・

「な~~~~~に~~~~~!!!」

“クールポコ”ばりのツッコミを、一人寂しく口にした私は、

「男は黙って、“ブレーキ”」

「いや違うな、警官は黙って、“ブレーキ”」

などと考えながら、何事も無かったように(まぁ、ありませんが)次の交差点を右折していく説得力の無いパトカーを見送りまし。。

警察官も人の子ですが、なんか悔しいデス!!

                     それでまた^^  三run

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2008年7月26日 (土)

確率が必要な確率?[その2]

2時間程かけて書いた記事が、更新時のバグで全て消えましたcrying

ので、内容はかなり短縮してます。ココログのせいannoy

 考えてしまった人には申し訳ないのですが、この答えは「わからない」が正解です

cat「私は嘘つきです。」と言った、cat)が嘘つきならば、「私は嘘を言っている」というのは嘘なので、この人は正直なはずです

また、本当のことを言っているのであれば、この人(cat)は嘘つきですが、嘘つきが「私は嘘つき」といっているので、この人は正直となりますが、そうであれば「私は正直」と答えてなくてはおかしな事になります。

これは、どんな事にも当てはまるのですが、例えば火星人でも、または自分でも同じ事です。自分で、「オレは(私は)嘘つきだ」と言って見て下さい

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

・・・・・・

あなたは嘘つきですか?仮に嘘つきなら「私は正直者だ」と答えなければ矛盾が生じますが、「オレは(私は)嘘つきだ」と言った時点であなたは嘘つきになります。そしてうそつきならば「オレは(私は)嘘つき」が嘘なのだから矛盾が生じます

なんと!あなたは(私も)、自分の事なのに、自分が嘘つきなのか、正直なのかすらわからない、確かな自分すら無いのです。

かなりおおざっぱ(大意)ですが、「不完全性定理」の私の解釈です

宗教じみてしまいますが、この世は「完全」とか「完璧」では成り立たない(面白く無い)のです

 仮にあなたが「神様」なるものだったとして、全てがわかっていて、全てを手にしているとします

無制限な必要以上のお金dollar完璧に理想の恋人virgoや家庭house最高の名声人望crown完璧な健康hospital有り余る永遠の時間sandclock欲しいものは簡単に手に入り、未来も自分の理想通り思うがままになったとして

               楽しいすか

浅慮な人なら「うん」と答えそうですが、少なくとも私はそんなにつまらない事は無いと思うんです。恐らくそうなったら、全てを手にした時点で退屈になって、「死」を望みます

全てを手にする事は、何も持たない事(これも楽しくない)と同じなのです

baseball完璧な野球選手がいて、投げれば全打席三振をとり、打席は全打席ホームラン。これはこの後も100%決まっています。彼の試合は打順にもよりますが、必ず3点以上対0点のパーフェクトゲーム、常に打率は10割、防御率は0.00、あらゆる記録は試合に出る毎に更新されるだけです

       観ている人も選手も楽しいですか?

「確かなものなど無い」

から、楽しいんです

ギャンブル好きな人は「不完全性定理」中毒とも言えます

確か(中卒なもので)、「矛盾」の授業で同じ様な事を学びますよね

多かれ少なかれ時期年齢はともかく、人はこの事に“なんとなく”気が付くものです

 さて、本題なのですが、「確かなモノ」が無い世の中で、人は何を拠りどころにするのでしょう

                            それでまた^^  三run

不完全性定理―数学的体系のあゆみ (たのしいすうがく) 不完全性定理―数学的体系のあゆみ (たのしいすうがく)

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2008年7月25日 (金)

確率が必要な確率?[その1]

 難しい事はわかりませんが、この世の真実を突き詰めていくと、結局、

「確かなものなど一つもない」らしいです。

現在のチェコにあたる国のゲーデルという人の発見した、

「不完全性定理」

というそうですが、今回はちょっと問題です。

mobaq

ある人(?)に質問しました。

dog:「正直に答えてください。あなたは正直者ですか?」

cat:「私は嘘つきです。嘘“しか”言いません。」

dog:「では、あなたは嘘をついているのですね。」

cat:「はい。私は嘘つきですから嘘を言ってます。」

catは嘘つきですか?本当の事を言っている正直者ですか??

                           ではまた後日にdelicioussoon

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2008年7月22日 (火)

近況。

最近、仕事も落ち着いてしまい、暇な時間に観だした、

「HEROS」tv

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にハマってます。元来アメコミ系好きなので、個人的には、

「24」

より面白いかも(このシリーズ全部は見てないけど)。

日本人が出てきます。“ヒロ・ナカムラ”です。メチャ重要な役なのですが、

何故か彼の登場シーンはパロディです。またそこが面白いんだけど。彼の「ヤッター」は一部のアメリカ人の間で流行ってるらしいです。

しかし、彼もそうですが、特に相棒の“安藤君”日本語下手過ぎ。字幕が無いと日本人でも何言ってるか解らないかもwobbly

米国のドラマは、ストーリー、人物構成、映像、どれもとても凝っていて、日本の数年先を行ってますね。   三三三run

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2008年7月19日 (土)

好物。

 コンビニが日本に出来て以降、近所にはローソンがあったのですが、タバコが売ってないのもあって、満足度5割位でした。

しかし!最近、家の近所にとうとうセブンイレブンが出来ました。以来、ローソンから遠退いていたのですが、久々に寄ってみると、どこか懐かしい^^

適当にドリンクを手にレジにいくと、から揚げ君の隣に見たこともナイ串が・・・

そこには、私の大好物の5割が刺さっていました。

以前、友人に、「好きな食べ物」を聞かれ、迷い無く、

「から揚げ、ウインナー、ポテト、餃子、ゆで玉子、もちの磯辺焼きかな?」

と答えて大爆笑された私ですが、売れ筋商品を大の大人が日夜研究しているコンビニ業界。

その開発部の方々は、明確に私の好物を肯定してくれていました。ありがとう^^

あと、餃子と磯辺焼きは無理があるとして、ゆで玉子が刺さっていたら完璧です。

 今後は、セブン時々ローソンにします。あの串、それにしても長い名前だったな。

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2008年7月15日 (火)

五輪サッカーへの誤解(期待?)

  • enterサッカーの話題です。興味がなかったらすいません。あくまで、個人的な意見です。

【日本五輪代表メンバー】森本、本田ら招集 青山、梅崎は落選
7月14日17時34分配信 ISM

 JFA(日本サッカー協会)は14日、北京五輪に臨む代表メンバー18人

を発表。5月のトゥーロン国際でU-23代表デビューを飾ったFW森本貴幸

をはじめ、DF水本裕貴、MF本田圭佑らが招集された。

 この発表されたメンバー選考に、かなり批判が集まっていました。

元々OA(オーバーエイジ)枠の招聘がうまく行かなかったあたりから、五輪サッカーの反町監督に、より批判が集まって(確かに優柔不断的な面もあったけど)ますが、もう少し深く掘り下げると監督だけが悪いのか疑問です。また

”オリンピックサッカー”及び”日本の実力”を勘違いしている人も多いように思います。

そもそもO・A枠は国際サッカー連盟soccer(以降FIFA)と国際オリンピック協会run(以降IOC)の軋轢から始まった微妙な制度で、未だに議論されていますが、

「とりあえず他国も使うからうちも使わなきゃ損」という感じの様に思います。

 shineW杯優勝回数、金太郎飴の様に輩出されるスーパープレーヤー達。実質上世界NO.1といっていい(FIFAランキングなんて当てになりません)ブラジルshineですが、実は五輪サッカーでは金メダルを取った事がないのです。

「今年こそ悲願達成」と毎回このOA枠も積極的に使ってきます。

でも日本が、

「ブラジルでさえロナウジーニョ(在籍するバルサとの問題で、参加は不明ですが)らを呼ぶのに日本はなんで誰も呼ばないんだ!」

という意見に、単純には賛同できません。

まず、日本において五輪サッカーはあくまでも

“日本人監督の育成+a次世代フル代表の育成の場”

と少なくとも、私は思っています。日本サッカー協会(以下JFA)が勝利を優先していたら、ここ最近の監督の選出は(トルシエを除いて)あり得ません。

でも、“メダル取得命令”は出します。勝たなくてもいい試合で若手も監督も成長する訳がないので、それはそうですし、国際大会において、国民のプレッシャーも監督の経験に欠かせないと思いますから。しかし、大事なのはあくまで、「W杯」です。

ここに加えるオーバーエイジ選手はあくまで、国際経験の豊富な

  • 世界で戦える日本の指導者の経験にプラスになる
  • 若手をひっぱり、引き上げ、手本となれる

人間でなくてはならないと思うのです。育成ならば、OAには、試合に出なくても、中山ゴンpunch選手の様な、経験豊富で沢山学べそうな、ベテランを入れた方が若い選手の経験としては良い様に思う。

 本場欧州での五輪サッカーへの国民意識は低く、日本で言えば、「U-17W杯(ジュニアユース選手権)」程度でしょうか?私は気になりますが、メディアの取上げ方も小さく、コアなファン以外は「え?そんなのやってたの?」という程度の関心のようです。

近年のサッカーブームで、ユーロも前回の2004と今年の2008はかなりメディアも取上げていましたので、ファンでなくても目にする事が多かったと思いますが、欧州では「W杯以上」とも言われるあの大会の後の、

「23歳以下(基本的に本来はアマチュア)しか出られない多種目国際スポーツ大会の中の一種目。」

など眼中に無いのでしょう。同時にオリンピック開催時期はユーロが終わって、各リーグやチャンピオンズリーグ予選等の開幕時期になります。

 欧州ではクラブチーム至上主義が多く(日本も強豪国になる為に見習うべき点もあります)応援しているクラブの主力が、ユーロで消耗している上に、そんなショボイ大会のために代表に呼ばれ戦力がダウンするのをよしとしません。

代表の試合に関心が無いのではなく、それ程、或いはそれ以上にクラブを応援しているのです。そんな(代表のサポーター位)熱狂的なファンの中で選手は鍛えられていくのですから、逞しくなりますよね。

もちろんJリーグチームのサポーターにも熱狂的な人達は存在しますが、まだまだ規模が違います。(日本でも、サポーターの多いチームは強いですよね。レッズやアルビレックスなどは、[強い→応援する]では無く、[応援する→強くなる]の良い例です)欧州の強豪国はクラブで選手が鍛えられていくので、五輪やジュニアユースでの育成は考えないのです。若いうちからトップチームで活躍する選手の多くは、クラブのハエヌキですから、ジュニアユース(現U-〇〇W杯)や五輪サッカー等ショボイ大会(あくまで欧州の人の意識)の召集は、クラブが断ります。

おかげでヨーロッパの強豪国勢が力を入れない、それらの大会では、日本も驚く結果が残せたりします(色々知る以前、私も日本のジュニア世代が好成績を残すのが不思議だった)

それをふまえないと、クジ運でベスト4あたりになった時に、この世代ならW杯で闘えるなどの勘違いを起します。ブラジル、アルゼンチン、アフリカ勢は本気なので、それらの国に堂々と勝ってなら話は別ですが。

色々な意味で、クラブレベルの底上げがまだまだな日本。メディアのおかげもあって、代表至上主義が大勢を占めますので、当分ジュニア代表、五輪代表で育成をするのはしかたないし、それが悪いとも思いません(むしろ国際経験の無い日本人監督には良いかも)が、上に書いた事を誤解している人が多い様なので、記事にしてみました。

JFAは、五輪において絶対勝利が優先ではない(本音は)のだから、

「主に日本人指導者を育てる+次期A代表の育成の場所。その条件で勝利を目指している」

と位置づけて、ハッキリ公言するべきだと思う。

監督が自らクラブ側とOA枠の交渉をするというのもよくわかりません。私なんかよりも当然事情を熟知している協会なら、Jリーグでもいいかげん国際Aマッチデー(クラブよりもナショナルチームに拘束権がある期間)ではないこの時期のエース召集を断るチームがいても不思議じゃないし(むしろこれから当たり前になってくるはず)、Jの運営側と何らかの段取りがあってもいいと思う。

「考えられるベストの布陣をと言ってある」とか「メダル取得命令」と課題を付けるなら、

Jクラブとの交渉も、リーグ日程調整も全面バックアップ(五輪サッカーに無関心な欧州と違い大陸選手権の開催も重ならないし)しないと、オリンピックのサッカー監督はOA枠を含む召集問題で、毎回板挟みに会う。(もしかしてA代表の岡田監督も各クラブと一々交渉してたりして)

とにかく勝利か、あるいは育成か?五輪の位置づけを曖昧にして、何でも「反町監督の判断」と、責任かぶせる[JFA]の方針の方がまず問題だと思ってしまうんです。(特別に反町監督を擁護したい訳ではありません)

 「メダル奪取命令」を受けた、反町監督の選出基準は現実的で、結果を求められれば、現状のコンディションを優先してしまうのは仕方ない。

多分、開催国の中国がいるC組がうらやましいと思ってると思う。開催国の力か?逆にAなら絶望的だったけど。

 恐らく、反町監督の思惑は、

  • 勝点3の狙いは3戦目のオランダ。

  • なにより、重視する3戦目まで心身共スタミナが持つか否かが重要。
  • “とにかくrun走り負けずに、runrunrunfullプレスrecyclesoccerrecycleポゼッション、無理に攻めない。特に1,2戦目は点を取られない事を最優先。
  • これなら柏木、水野といった、コンディションが今一のファンタジスタより、技術が落ちても元気なMF。
  • アメリカは強いが、こういった大会のGLの初戦はどこのチームも硬くなるのが常なので、まず堅守で勝点1、あわよくば3。
  • 慣れてきて、日本が本調子でも、2戦目のナイジェリアには、まず勝てないので勝点は0〜1。
  • 幸いにも恐らく勝点3を取れる可能性が一番高い(B代表クラスで関心も薄い。あくまでこのグループの中では)オランダ(この時点で、オランダのグループ敗退が決まってればなお〇)が3戦目で勝点は3仮にアメリカに勝っていれば1でも。合計5〜7ポイントでG・L突破。

という感じだと(勝手に)思います。

 次世代のタレントをほぼ外した選考に批判が多いですが、この世代のsoccerファンタジスタsoccerと期待されてるサンフレッチェの柏木やセルティックの水野あたりが、現時点で、メッシ、ロビーニョ並ならともかく、冷静に、少ない登録枠で3戦負けない戦いするには現実的かも。(個人的に柏木は観たいけど)

私も大分批判的に書いてばかりですが、JFAの日本の指導者を育てる方針には期待してるんですよ。技術、体力、身体能力の優れた世界的選手より、頭脳、精神、理論等の世界的サッカー戦術家の方が日本人の可能性として現実的な気がするし。(時期はともかく)

何よりとりあえず、個人的には岡田監督より、よほど「やりたいサッカー」がハッキリしてみえる反町監の決断を応援します。冷静に考えれば、グループリーグ突破で健闘メダル獲ったら反町監督は日本人最優秀監督間違いないので、希望ですが、A代表に・・・

            がんばれー「U-23日本代表」

      think欧州が無関心でも、日本は熱いsun。そんでやっぱり私は日本人。。happy02

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2008年7月 6日 (日)

人は自分の見たいものを見る。

 「バカボンド」の影響か、ここ数日部屋にある歴史本を何冊か読み返してましたbook

一般に日本で「三国志」といえば「三国演義」と誤解される事が多いですが、これには横山光輝先生のマンガ版「三国志」の影響があるように思います。(私自身この三国時代への興味をもったきっかけきっかけですしcoldsweats01。)

『三国志演義』movie

日本ではしばしば単に「三国志」と呼ばれるが、講談で語られてきた物語や正史三国志』(陳寿著)などの歴史書の逸話を綜合してつくられた小説作品で、『三国志』とは異なる作品である。本来『三国志』と呼ばれてきた陳寿の作品との混同を避けるため、日本の愛好家の間では「演義」と「正史」という呼び分けが行われることもある。    

               (1部省略)ウィキペディア   

pen小説(フィクション)は一人(若しくは少数の人)の頭の中にある物語ですが、clock歴史(ノンフィクション)はそれこそ、自分が生涯出会う人達よりも遥かに多くの人が関わり織り成す物語です。

時には、おおよそ同じ人間の所業か?と思うほど残酷で、またそれと同じように奇跡的で、感動的です。

 小説も決して嫌いではないのですが、大人になるにつれ、読んでいる内に現実から離れていく自分を感じたり、時にはその物語に逃げ込みたくなったりしている自分が居たりして、日常から離れる時間的ゆとりのある時以外は手をつけないようにしています。

事実は小説よりも奇なり。人の歩んできた(歩んでいる)道は複雑怪奇なもので、都合よく進みません。ただ、後世に史家や講談師によって脚色され、「三国志の劉備玄徳」のように“英雄”runが誕生する事が暫しあります。

小説「三国演舞」に劉備の敵役として登場する“曹操孟徳”という人物がいるのですが、この人の存在が、私が見方一つで中身はまったく違うものになると、考えるキッカケでした。

今でも企業家やリーダー論を説く著書に頻繁に引用されている「孫子」の兵法書というものがあるのですが、現代読まれているこれはほぼ、後漢(魏)の曹操が注釈をつけてまとめ上げたものだそうです。

また、この時代中国には「儒学bookが深く根付いていて、「儒」にそぐわない物は受け入れられない風潮でした。儒学自体は素晴らしい文学なのですが、言うなれば「クラッシック音楽」で、とても気高く、ともすればそれ以外の音楽に否定的ですらあります。

これに“異”を唱えたのも曹操です。「あらゆる文化はそれを追求するものによって自由闊達に広められるべき」だとして、当時ではとても考えられない事ですが、今で言えば「クラッシック」と同じ会場で、これらが人々に認知されてない頃に「ポップミュージック」「ヒップホップ」等を演じる事を推奨したようなものです。

中国の文化はこの頃(魏の建国)を起源としているのをみても、曹操という人が「三国演舞」に語られるようなただの「敵役(乱世の姦雄と言われている)」とは思えません。

また人材を愛し、広く登用した人物でもあります。後々曹操は劉備玄徳の建てた“蜀”を破り“魏”を建国しますが、そうした慧眼を持っていた人物ならば必然だったのでしょう。

「敵役」にキャスティングされた要因は、時々行う非道な戦いぶりではないかと思うのですが、この人を知れば知るほど日本で“英雄”視される人物と類似している点が見受けられます。

国を治める制度が崩壊し、世の中は荒れ放題。虐殺、簒奪が横行する。各地で多数の勢力が生まれ、天下統一を目指す中、至弱の勢力からはじまり、数々の強国を倒す。時には非道とさえ思われる行為も省みず(そもそも散々人を殺しておいて、非道でない戦争なんてあるんでしょうか?)、やがて天下に覇を成した人。

家柄、年齢、国籍にさえ囚われず、才能を重視する人材起用。従来の形に習いながら、柔軟な考えで新しい手法を取り入れる懐の深さ。覇業の為には、非道と言われるのも承知して、なおそれを行える人物。

「織田信長」「曹操孟徳」類似点が多いと思うのは私だけでしょうか?

“楽市楽座(関所を無くし、自由に商売をさせる。〈大意〉)”や鉄砲の導入、異国の文化をすんなり受け入れる度量。戦争や商業の発展の為に今でいう「国道」のようなしっかりした街道を作ったのも信長が始めたといわれます。今では当たり前のことでも、昔はかなり奇怪な事と思われたでしょうが、徹底した合理主義(個人的にここが特に好き)で、保守的な声を何とも思わない、こういう人物が世の中を変えていくんですね。

文化の違いでしょうが、信長は日本では“英雄”。比叡山を焼き討ちした信長についていけないと、反旗を翻した「明智光秀」は“裏切り者”(光秀が天下を取っていれば英雄になっていたかも知れませんが)同じ様に世を治めた曹操が“姦雄”で劉備は“英雄”。

この二人の差は、後にこれを伝える人が“どの角度から見ていたか”の違いでしかないのです。

そしてこの事から、“人は自分のみたいものをみてしまう”という過ちに陥り易いともいえます。

 多角的にものを捉えるのは、私のような凡人には難しい処ですが、ただ聞いた事を鵜呑みにせず、そこに合理的根拠があるのか、少なくとも“主観”と“客観”位は意識してみると人生がもっと豊かになる様に思います。

 世界で起きている事から身の回りの事まで、様々な事に際し、1辺からしか見れない様な視野の狭い人間(散々書いていますが、特にメディアに言いたい事です)にはなりたくないものですね。end

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2008年7月 4日 (金)

親怪獣〈後編〉  ((;゚Д゚)

私が通っていた中学にはお構いなく手をあげてくる先生が12人いました。その1人で学年主任だった先生は、風体は学校では無く、ある意味別の“組”にいても違和感がないのですが、普段はおおらかで、「俺にはお前らと心中する覚悟がある。」と常々言っていました。

だからと言って、大人しくなるはずも無いのが不良ですから、幾度となく反抗しましたが、そんなごっつい大人の本気に中坊が叶うはずもなく、その都度引きずり回され、投げ飛ばされ、叩かれたものです。

最後に担任だった先生も、“手をあげる”人でしたが、若い先生だったので、体罰というより暴力的でした。結局卒業まで事あるごとに闘いが続きました(傍から見るとギャーギャー騒いで粋がってる中坊が、一方的に引きずり回されているだけですが^^;)

前者は“恩師”として、後者は当時嫌いでしたが、今思えば、むしろ好感のもてる“喧嘩相手(?〉”として、とてもお世話になった先生として印象深く残っています。

何年か前、ニュースを見てビックリしたのですが、有名な甲子園常連校の監督が生徒への体罰を理由に解任、同校の出場停止処分等を受けていました。体罰がどういうものだったのか知りませんが、体育会系であればそんなものは当たり前だと思っている私には冗談としか思えませんでした。

極端に言うと、そんな事本気で処罰するなら、そのうち甲子園に来る強豪校はほとんど出場停止になって、例え弱くても、ぬる~い監督の率いるあま~いチームが甲子園に出場するようになりますよ。闘志の無い選手達を前にニコニコ「ドンマイ」と言う監督をメディアはどう褒めちぎるのか見てみたい気もしますが(・∀・)

建前なのか、そのニュースに出ていた野球好きの解説者は、その監督を非難する一方、何日か後に“闘将星野監督”を褒めたてていましたが、周知の通り星野監督の若い頃はゲンコツを厭わない鬼監督でした。

確かに、暴力は良くない(というかダメ)です。教育の為の体罰と只の暴力の違いくらい大人なら簡単にわかると思うのですが・・。痛みって理屈でわかっているつもり程度と、体で覚えるのとはわけが違います。(心でも体でも)痛い思いをした事がないと、人の痛みなんて中々わかるものでは無いです。そんで、それを教えられるのは、相手への愛情を持っている人間だけではないでしょうか?

教育って大変な戦いなのだと思います。言わなければいけない事を優しさとすり替えて避けたり、感情に任せてただ暴力を振るったりするのは間違いのはずです。ただ、それでも人は間違えます。その時は、例え子供が相手でも、傲慢にならず素直に間違いを認めて謝罪する。そうやって相手と関わっていく大変な戦い。

その高校の監督が手をあげた経緯はわかりません、感情にまかせた只の暴力だったのかもしれません(そこまで報道されませんから)体罰や”愛のムチ”は当事者の取り方一つで暴力とも取れます。

これにも「モンスターペアレント」が関わっているのかもしれません。体罰に敏感な世の中ですから、こういったケースでは、報道されると、加害者だった監督は世論に攻められる被害者になってしまいます(報道自体していないのか、私は監督のコメントを聞いていないので、本当に単純な暴力だったのかも)。

実際、保護者の一方的な発言(捏造)をメディアが報道し、関係者が追い込まれた事件があります。これはメディアの暴力ではないのでしょうか?

      

一時期、教師の体罰を激しく糾弾しまくったマスコミ(特にTVの報道やワイドショー)も「モンスターペアレント」が増長していく背景の一因である様に思います。

社会に大きな影響力を持ちながら、暴力と教育の区別もしないメディアは、そろそろこういう現象の一端を担いでいる事を自覚して、「キレイ事」から離れ、本当の意味で、存在意義を考えてほしいものです。

「長いものには何も考えずに巻かれる」偏った社会が、今後「モンスターペアレント」より、さらに恐ろしい「怪物」を生み出さなければ良いのですが・・。

学校や教育に前々から思う事があり、長々と書いてしまいました。戯言と思って流してくださいcoldsweats01

       それではまたーend

でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相

『でっちあげ:福岡「殺人教師」事件の真相』 福田ますみ著

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2008年7月 2日 (水)

親怪獣〈前編〉 三Σ(||゚Д゚)ヒェー!

 「モンスターペアレント」

 前のコメントに、この言葉があったのですが、正直それまでこの呼び方を知りませんでした。

「なんだろう?」と思い、ウィキペってみて初めて知りました。残念ながら見ていませんがドラマやってましたね。

そういった事象があることは前々から聞き知っていました。その根本的な原因というか、問題点として思う事を、“自分勝手”に書いてみたいと思います。

 掻い摘んでいうと、「教育者側(公立の義務教育)の敗北とキレイ事好きな報道」ですかね。

私の中学生当時は時代的に言うと「校内暴力末期」でした。

もう少し上の先輩達の頃は、割れている校舎のガラスの数が不良校のステータスだった様ですが、ガラスが無いと、冬であれば寒く、夏は暑いという、自分で自分の首を絞める行為で、あまり意味の無い事に気付いたのか、よその不良中学を見てもほぼ皆無でした。

ガラスを割らない不良生徒ですが、暴れないはずも無く、先生は敬わず、平気であだ名で呼んだり、呼び捨てにしたりして、授業中だろうが、他の生徒も煽ってからかって好き勝手に振舞っていまいた。

今文章にしてみるとsad恥ずかしい限りhappy02ですが、当時は「納得行かない事に反抗する」事が格好良いと思っていましたし、どちらかといえば目立つ“不良”はもてはやされていました。tv「金八先生」等のTVドラマtvの影響も少なくないと思います。また、先生の体罰thunder(暴力ではない)は普通に肯定されていました。

先日、女教師が活躍する、某人気学園ドラマで、進学校の生徒が覆面をして不良校の生徒を襲う話があり、この事を問題視した記事が論争を起していましたが、何故か昔から、

[不良→本当は良い奴] [勉強が出来る→陰険で傲慢]

という印象が根付いていますよね。確かにその当時の“不良”は、堂々と、一目でそれと判る格好をしてたし、陰でこそこそ悪さをするような人間(決して勉強が出来る奴とは限りませんが・・・)を嫌うものというイメージでしたから、そういった世代の方が脚本を書けば上のような図式になってしまうのでしょう。

ただ、不良と呼ばれる位なので、基本的にだらしなかったり、自己主張の強い人間のおちいり易いトコです。実際は、真面目な生徒と比べ、悪党、悪人の割合は多かったです。

 当時の公立教師は、担任したクラスで一番影響力のある不良を懐柔(言葉悪いですが)できれば授業や学校生活は割合コントロール出来たはずです。

目立った格好で街を歩けは、よその不良とモメるのを承知で、「喧嘩上等annoy」なんてステッカーまで貼っちゃう熱い不良達は、sun金八先生ばりの熱い言葉sunに心意気を感じ、時にはクラスのまとめ役になってくれたりもします。(そんな奴ばかりじゃないけども)

学校によって度合いも様々でしょうが、同学年の生徒にとって彼等に目を付けられる事は、学校生活を180度変えてしまう事になりますから、先生に怒られるのとは比べ物にならないほど効き目があります。

最近の、少なくとも都会では、こういった“不良”種は絶滅しています。

もちろん、最近の公立校でも、クラスや学年単位で、そういう人間が存在するかもしれませんが、私の時代と違い、一目でそれと判るわけでもなく、前にでるのが面倒なクール現代っ子は、熱い先生の言葉程度では中々動かないのではないかと思います。

また、私の時代の不良達は、間違った形かもしれませんが、少なくとも自分を「主張(不良の格好)」するには、それなりにリスク(喧嘩、先輩のヤキ等)を負う「覚悟bomb」がいるのを体感しています。

不良種の減少、体罰教師の減少、厳しい上下関係にありがちな理不尽な暴力の減少等で、リスクは無くなり、覚悟もなく文句を言えるようになって、1つの学校、学年、1クラスといった小さな社会のバランス(秩序)が崩れてしまったように思います。

秩序が無くなれば、誰もが平然と、「言わなきゃ損」と好き勝手に文句が言えます。

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